3月第二週午後は毎日(月曜日〜木曜日まで)学校へ行くのが終わったなって思った金曜日、夕方近くにそれは起きましたね。東京でも大きな揺れの大地震。本当にビビリました。ラジオから地震速報が流れていて、それを聴いていた矢先に揺れ始めたのですから。揺れはだんだん大きくなり、あれ、おかしいぞ?と思う間に激しさを増していった揺れ。会社では1台のモニターが机から転げ落ち、私と社長は大きな本棚を両手で支えながら、揺れがおさまるのを待っていました。電車は全てストップ。すぐに子供達が心配で携帯電話を掛けたのですが、すでに連絡が取れず。あの時ほど子供達の顔を見たいと願った日は無かったかもしれません。
地震が起きて1時間したころ早めの帰宅が許され、とにかくひたすら歩いての帰り道。人だらけの歩道は、歩いてる私に少しばかりの勇気をくれていたように思います。私だけが困ってるんじゃないんだ、みんな同じように不安なんだ。そんな人たちを横目に見ながら、とにかく早く自宅に着きたい、子供達の顔を見たい、そればかり考えてましたね。
一番の心配は部屋の様子。8Fの会社があんなに揺れて、本棚を支えていなければ倒れてしまったのではないかと思うほどの揺れ、我が家の5Fはどんなにメチャメチャか。割れた鏡や茶碗などでケガをしていないか、散らかった部屋の中で子供達は怖がっていないか…。考えれば考えるほど不安になって…。繋がらない携帯を握りしめながら帰宅しました。
家の近くのコンビニで『肉まんを3つ』買って、とにかくウチに着いたら落ち着こう、子供達と食べようって。ただいまって帰ると、子供達が興奮気味に部屋の状況を教えてくれました。子ども部屋が若干、上から物が落ちたようですが、ウチの中は大丈夫でした。テレビも無事、茶碗なども1つも割れることなく、本当に気がゆるんだ瞬間でした。部屋も無事、子供達も元気、3人で肉まんを食べて幸せを味わいました。
夜11時過ぎに、メールがジャカジャカ入ってきました。学校関係のすでに意味の無くなったメールです。引取連絡や子供の下校時刻など、すでに用済みのものばかり。連絡網もメールで来てましたが本当に役立たずですね。
大きな被害には遭わなかったものの、色々な課題を残してくれたように思います。不幸中の幸いですが、会社が歩いて帰れる距離(1時間強)で助かりました。連絡がつかないまま子供達だけを不安にしておくことは出来ないのですから。東京もまだ揺れています。まだまだ安心とは言えません。皆様の不安も早くなくなるよう祈るばかりです。
このたびの東北関東大震災により被害を受けられました皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。皆さまの安全と一日も早い復旧復興をお祈り申し上げます。